タブーの限界に挑んだ世界的ヒット小説 帰ってきたヒトラーの凄さを語る

読書

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こんにちは、DAIMAです。本日は、
ドイツ国内で200万部を売り上げる大ベストセラーとなり、
社会現象を巻き起こした傑作ブラックコメディ小説
帰ってきたヒトラー」をご紹介します。

※この記事は作品内容についてのネタバレを含みます。

世界的「タブー」を笑いのタネに?

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アドルフ・ヒトラー (1889 - 1945)

本作の主人公は、ナチスドイツの総統(フューラー)として
第二次世界大戦中にユダヤ人の虐殺や
他国への侵略行為を行なったアドルフ・ヒトラーその人です。

ヒトラーナチスの名は、戦後70年を経た現在でも
おおっぴらに語ることはタブーとされています。

特に欧米ではその傾向が強く、
ドイツではヒトラーナチスを礼賛する行為は
現在でも法律で禁止されています。

また、2013年にはそれと知らずに
ナチス式敬礼を行なってしまった
ギリシャのサッカー選手が批判を受け、
チームから永久追放される事件が起きたり、
(参考記事→:代表追放…無知では済まないナチス式敬礼の危なさ)
2017年にも、オーストリアにあるヒトラーの生家に、
ヒトラーのコスプレをして訪問した25歳の男性が
オーストリア当局に逮捕される事件も起きています
www.huffingtonpost.jp

国内だと、アイドルグループ欅坂48が
ナチスの制服を連想させる衣装を着用したことで
アメリカのユダヤ人団体から抗議を受けた事件が
記憶に新しいですね。
www.huffingtonpost.jp

本作はそんな「触れてはならない」存在である
ヒトラーを主役としたコメディ小説を
当事国であるドイツの作家が書いたというのだから、
それだけでも大変スキャンダラスな作品なのです

あらすじ

1945年4月30日、妻のエヴァと共に
総統地下壕で拳銃自殺したはずのヒトラーが、
当時の肉体と記憶を持ったまま
2011年のドイツの街中に突如として復活します。

社会体制が民主主義へと移り変わり、
ナチスが歴史の遺物となった現代のドイツで、
帰る家もなく途方に暮れていたヒトラーでしたが、
彼をヒトラーのモノマネ芸人と勘違いした
親切なキオスクの店主に気に入られ
販売員として雇われることになります。

そんな中、店主の知人である
テレビ局の人間が、ヒトラーの個性に目をつけ、
新しいタイプのブラックジョーク芸人に
仕立て上げようと画策します。

自分の意見を広く発信したいヒトラー
その申し出を快く受け入れ、
今度は芸人として
第三帝国復興への道のりを歩み出す...
というのが本作のおおまかなあらすじです。

帰ってきたヒトラー」のここがスゴい

ヒトラーを矮小化せず描いている

この作品以前にも、
ヒトラーナチスを扱った小説や映画作品は
もちろん幾つも存在していました。
ですが、そこでの描かれ方は、
記号化された極悪人としてのものか、
さもなくば、「わが教え子、ヒトラー」での様に
ひたすら滑稽な間抜け集団として描かれることが殆どでした。

ヒトラーナチスを創作物に登場させる場合は、
惨めで無様な最期を迎えさせなければ
ならないという一種のお約束があり、
あの名作、「ヒトラー最後の12日間」も、
ヒトラーが自殺する瞬間を描かなかったために
ドイツ国内で正当な評価を得られなかったそうです。
www.swissinfo.ch

ですが、「帰ってきたヒトラー」で
描かれるヒトラーは私欲がなく、女性に対しては
紳士的であり、動物と子供が好きで、
ドイツの未来を(方法は別として)
真剣に考える人物として描かれています。

また、極端な選民思想や女性蔑視など
その欠点についても十分な描写がされており、
当然ながら、本作は決してヒトラー
無闇に美化しているわけではありません。

あくまでも、資料に基づいた中立な
人物描写が一貫してなされており、
それがかえってヒトラーの異常性を
際立たせているのです。

そしてそれは同時に、
本書が戦時中に起きたあらゆる過ちに対して、
ヒトラー個人に全ての責任を負わせることなく
ドイツとその国民全体が共有する問題として
捉えている
ことを意味しています。

娯楽作品としても超一級

本作は、社会的なメッセージ性を持ちながら、
上質なコメディ小説としても楽しめる作品です。

現代文明の進歩を、浦島太郎状態で
あれこれ推察するヒトラーの見当違いぶりは、
コントを見ているような面白さでした。

街の美化のため犬のフンを回収する女性を見て、
気が狂っているのだと勘違いしたり、
穴の空いたヘルメットを装着したライダーを見て、
銃撃を受けた兵士だと勘違いしたり...

また、周囲の人々との、
全く噛み合ってないのになぜか成立する
不思議な会話も可笑しいです。

周りの人々は、ヒトラーの過激な発言を、
日常生活でもキャラを崩さない
徹底した「芸風」だと思い込んでいるため、
誰一人真剣に受け止めることがありません。

それどころか、その物怖じしないキャラが人気を呼び、
あっという間にテレビやインターネットで話題を集める
ドイツ一の人気者へと上り詰めてしまうのです。

読者一人一人に考えさせる力

これまで解説したように、
本作の基本はコメディであり、
途中までは楽しく笑って読める作品です。

ですが、物語が進むうち、
これは本当に笑っていい話なのか?」と
疑問に持たずにはいられなくなります。

すっかり国民の人気者になったヒトラー
メディアの力を利用して、
自身の極端な意見をどんどん発信していきます。

そのうち、ヒトラーをお笑い芸人としてでなく、
思想家として本気で支持する人間も現れてしまいます。

第二次大戦当時のナチス
新聞や映画を利用したプロパガンダ
国民の支持を高めていたことは有名ですが、
本書はそれを、2011年のドイツにおいて
具体的な方法で再現してしまったのです。

面白いのは、テレビ局の人間も、
最初にヒトラーを助けたキオスクの店長も
全くヒトラーの意見に同調しておらず、
国民もほとんどが「ネタ」として
ヒトラーの存在を受け入れていただけなのに、
全てがヒトラーの思う通りに運んでしまった点です。

この点について、amazonに大変秀逸な
レビューが投稿されていますので、
一部引用してご紹介します。

最初のうちは『バック・トゥー・ザ・フューチャー』的に、半世紀以上もの時を経て現代社会に降り立ったヒトラーのズレれたオヤジっぷりが純粋に可笑しくて笑えるのだが、そのうちときどき「まあ、極端だけど一理ある」という気持ちにさせられていく。とくに与党、野党含めた政治批判は、ドイツ国民ならずとも、「よくぞ言ってくれた」という気持ちにさせられるところがある。どの党首よりもこのおっさんのほうがリーダーシップあるんじゃないかと一瞬思ってしまいそうになる。もちろん、歴史的な文脈を理解したうえで読めばとんでもないことを言っているということはわかるが、文脈から切り離して読めば、言葉なんてどんなふうにも理解できるものだ。(帰ってきた)ヒトラーの周囲の人間は、彼を「変わり者だが非常に才能のある芸人」としか見ていないので、彼の発言を自分たちの文脈でしか理解しない。彼らの会話は「聞き間違い」をネタにした漫才そのものだ。私たちは結局、他者も、世の中も、自分の見たいようにしか見ていないのではないか。そう思い始めると純粋に面白いだけの話ではなくなってくる。ヒトラーの言葉がお笑い番組を通じて「消費されて」いき、彼の思惑どおり、テレビ局がプロパガンダ機関となっていく様子は滑稽でありながら不気味である。本書を読んでいる最中にさかんに報道されていた「現代のベートーヴェン」による一連の詐称事件が象徴しているように、人は恐ろしいほど簡単に与えられた物語を所与のものとして受け入れてしまうものなのだ。人間は自分の行動を正当化するためにあとから意識内容を適応させている、というフェスティンガーの認知不協和理論(小坂井敏晶の『社会心理学講義』)を思い出した。誰かをどう見るかについても、私たちは「空気」で判断している。NHK特集でサングラスの作曲家を見てうっすらと覚えた疑念を、「公共放送に出ているのだから」という理由で意識の外に追いやった人がどれほどいただろうか。

引用元: amazonレビュー「現代のベートヴェンをもてはやした心理」

人間は、自分の見たいようにしか真実を見ない。
本書が警鐘を鳴らすのは、
物事を表面的にしか捉えないことで起きる、
現代のコミュニケーション不全に対して
なのかもしれません。

物語を支える圧倒的な知識量

歴史上の人物を題材とした物語を作るにあたって、
その人物と、活躍した時代背景についての
詳細な知識は必要不可欠なものですが、
本作にはナチスヒトラーに関しての豆知識が
これでもかと盛り込まれています。

例えば、ヒトラーが菜食主義者であり、
酒もたばこも嗜まない人物であったという
比較的有名なトリビアに始まり、
ヒトラーが子供好きで養子縁組を推奨していたことや
レーダーホーゼンという革製半ズボンの民族衣装を
こよなく愛していたことなどといった、
マニアックな情報まで網羅されています


societas.blog.jp
(↑半ズボン(レーダーホーゼン)、シャツIN、ハイソックスでドヤ顔を決めるヒトラーの勇姿をご覧いただきたい場合はこちらをどうぞ。もっとも、ファッションは流行り廃りあるので、あんまり突っ込むのも野暮ですが。)


著者のティムール・ヴェルメシュ氏は
エルランゲン大学で歴史と政治を学んだのち、
ジャーナリストとして多数のタブロイド紙で活躍した人物。

ドイツの表も裏も知り尽くすヴェルメシュ氏ですが、
彼の父親ハンガリー系の移民だったそうです。(wikipediaより)
そんなヴェルメシュ氏が民族主義ヒトラーを主役とした小説で
社会に問題提起を行なった事は、
何か因果めいたものを感じてしまいます。

実在の企業や人物もバッサリ

帰ってきたヒトラー」では、
ドイツの内政や社会体制に対して
ヒトラーの視点で鋭い批判が度々繰り返されます。

私はドイツの政情に詳しい訳ではないため、
その全てを汲みとれたわけではないと思いますが、
中には読んでいて思わず
ニヤリとさせられる描写もたくさんありました。

例えば作中でヒトラー
メルケル首相とその内閣を
次のようにこき下ろしています。

それにしても衝撃的なのは、ドイツの政治の現状だ。
国の頂点に立つのが、女。
それも、陰気くさいオーラを自信満々に放っている不恰好な女だ。

党が役立たずだからか、この東女は、
物を知らない役立たずの若造どもで別のグループを作った。
無能なお飾りの外相もそのひとりだ。
身じろぎするたびに心もとなさと
経験の浅さが噴き出しているような若造たち。
いったいどこのだれがこんな覇気のない連中に、
わざわざ危ない仕事を任せようと思うだろう?

ドイツ国内に100万人の難民の受け入れを表明し、
トランプ大統領の大統領令を批判したメルケル氏ですから、
ヒトラーとの相性はさぞかし最悪でしょうね。

強烈すぎるヒトラー語録

執筆にあたって、膨大な量のヒトラーの演説や
記録映像を研究したであろうヴェルメシュ氏による
強烈なヒトラー語録はどれもインパクト十分。

ここで、その中から特に印象深かった名言を
いくつかご紹介します。

重要なのは、些細な物事まで含めて万事を観察し、
熟視し、認識することだ。

人民は総統を支えなければならないが、
総統もまた、人民を支えなければならない。
一兵卒が正しい指令の下、常に最善を尽くしてきたのなら、
たとえ彼が命令通り敵中に攻め込めなかったとしても、
責めることはできない

決定力を持つのはプロパガンダ

不屈の狂信的な精神は全てを打開する。
これは今も昔も変わらぬ真理だ。

「記事の内容が理解不能であれば理解不能であるほど、
読者はその記事を高尚だとみなす」

特徴的なのは、言い切りの断定系の多さと、
病的なまでのポジティブさ。
敬愛していたというニーチェの影響も伺えます。

メディアの欺瞞をバッサリ切る

本作は新聞やテレビ、インターネットなど
大衆向けメディアが抱える欺瞞についても
一石を投じています。

人々の知識とは所詮、新聞から得たものに過ぎない。
だが、その新聞とはいわば、目の見えない人間が話したことを、
耳の聞こえぬ人間が書き留め、村一番の間抜けがそれを書き直し、
さらにそれを、よその新聞社が丸写しにしているだけのものだ。

物語に登場する新聞社「ビルト」は、
自分たちの主張にとって都合の良い真実だけを
トリミングして、誤解を招くような報道をしていますし、
テレビ局は、ただ面白いからという理由だけで
危険な主張を繰り返すヒトラー
国民の人気者に仕立て上げてしまいます。

また、作中ではヒトラーの演説動画が
youtubeでカルト的な人気を得て、
一躍現代のスターになる下りがありますが、
これには、過激で極端な情報ほど
爆発的に拡散するインターネットの
負の側面を描いているように思いました。

タブロイド紙で活躍した経験があり、
メディアの裏の裏まで知り尽くした著者だからこそ
本作におけるメディアの描かれ方はリアルで
容赦のないものでした。

また、メディアの信頼性というテーマは、
こうしてブログを書いている
私自身にとっても無関係でない問題です。

記事内容の確認に気を使っているとはいえ、
本当に正しい情報を発信できているのか、
不要に扇情的な内容を発信していないか...
絶対そうでないとは言い切れない怖さはあります。

映画版「帰ってきたヒトラー

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小説読了後、
映画版「帰ってきたヒトラー」も鑑賞しました。

予告なしにヒトラー姿のオリヴァー・マスッチが
ドイツの街中に現れ、人々の反応を写す
キャンペーンで話題となったこちらの作品。

小説版と大筋は同じであるものの、
ストーリーの流れや結末については
かなりの変更が加えられており、
小説版を読んだ上でも
新鮮な気持ちで鑑賞できました。

特に結末は小説版を超える
ブラックな内容に変更されており、
原作のメッセージを伝えるのに
十二分の完成度となっています。

ただひとつ、これから鑑賞される方は
絶対に「ヒトラー最後の12日間」を観てから
本作を鑑賞することをおすすめします。
その理由は...観れば分かります。

まとめ

amazonで60%オフになっていたため
手に取った本作でしたが、その予想外の面白さに
上下巻合わせて600ページ以上を
なんと二日で読み切ってしまいました。

笑えるコメディ小説としてももちろん、
骨太な社会派小説としてもおすすめの一冊。
トランプが大統領となり、
移民問題に世界が頭を悩ませる今、
国を問わず全ての人に読んで欲しい
必読の書であるように感じました。

私たち日本人にとっても、
労働力不足に伴う移民の問題や、
メディアのモラルなど、
決して他人事ではない内容です。

最後に、批判を恐れず、この作品を世に出した
著者ヴェルメシュ氏と、素晴らしい翻訳で
作品の魅力を伝えていただいた
翻訳の森内薫氏に感謝の意を表します。

帰ってきたヒトラー 上下合本版 (河出文庫)

帰ってきたヒトラー 上下合本版 (河出文庫)

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