読まずに死ぬな!ガチで面白いノンフィクション小説5選

本を読みながら涙を流す人のイラスト読書

「事実は小説より奇なり」ノンフィクション小説の面白さ

私がノンフィクション小説というものの存在を
初めて強く意識したのは、高校の時に読んだ
沢木耕太郎の「深夜特急」でした。

元は自分で購入した本ではなく、
当時、所用で小一時間滞在した
職員室横の控室の本棚に置いてあったこの本を、
暇つぶしがてら手に取ったのがきっかけだったのですが、
いざ読み始めてみると、著者の瑞々しい感性で書かれた
旅行記の斬新さ、臨場感に一気に惹きこまれ、
待ち時間の間中読みふけった挙句
本棚に無かった残りの巻を
自腹で買いそろえたほどにはまり込んでしまいました。

その「ファーストインパクト」以来、
ノンフィクションの面白さにすっかり魅せられた私は
旅行記だけでなく、歴史物や科学史もの、
事件ルポなどにも手を伸ばすようになり、
今に至るまで、数多くのノンフィクションに触れてきました。

そんな私が思うノンフィクションというジャンルの最大の魅力は、
当たり前のことではありますが、「それが誰かの身に本当に起きたことである」という点に尽きます。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉があるように
過去に誰かが辿った道筋を知る事からは計り知れないほど多くの教訓が得られるものですし、
何よりフィクションでは許容されるある種のご都合主義が
ノンフィクションでは(原則)ありえず、
常に先が読めない緊張感のある読書体験ができる点も魅力です。

そのような流れで本日は、
ノンフィクション小説の中でも、
とりわけ私が特に強くお勧めしたい
珠玉の5冊を極力ネタバレなしの
簡単なレビュー付きでご紹介したいと思います。

紹介する小説は、
時に恐怖で、
時にユーモアで、
時に感動で、
読む者の心を強く揺さぶる
掛け値無しにオススメの傑作ばかり。

面白い本が読みたいけれど、
読みたい本が見つからないという方は
きっと新しい最高の一冊に出会えるはず。

それでは、どうぞ。

西南シルクロードは密林に消える

西南シルクロードは密林に消える

 日本でも唯一無二の「辺境ライター」として、
「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」をポリシーに、
世界中のマニアックな地域への旅行記を多数執筆してきた高野秀行氏の代表的著作。

その内容はタイトルが示す通り、
一般によく知られている中国の西安から
ヨーロッパへと抜けるシルクロードではなく、
中国西部の成都からミャンマー(旧ビルマ)北部を通って
最後にはインド側へと抜ける
通称"幻の"西南シルクロード(茶馬古道)を徒歩で踏破しようという
ロマンに満ちた企画の顛末を記した旅行記なのですが、
その過程というのがとにかく凄まじいものとなっています。

まず、内戦の影響で政情不安定なビルマを移動するために、
著者のコネを駆使して現地カチン族の反政府ゲリラにアポを取り、
インド国境まで同行する許可を取っている時点で
私たちが想像する一般的な旅行とは明らかに別次元。

その上ビルマ、インドの両国については
諸々の事情から止むを得ず
現地民だと身分を偽り、
不法入国するというのだから
この時点であまりにも過激すぎて
地上波テレビでは絶対に放映できません。

あまつさえ、ビルマ入国直後に
中国側の検問で捕まって、
あわや強制送還か長期拘留か
という絶体絶命の窮地にまで陥る始末…

一方でそんなギリギリすぎる状況にも関わらず、
高野氏の筆致は常にユーモア満点で、
読んでいて思わず吹き出してしまう事も一度や二度ではありませんでした。

特に…
先ほど触れた中国の検問で捕まった際の
ゲリラメンバーによる
一世一代の大芝居の場面は必見。

戦場に在りながらもたくましく生きる
人々の姿に温かい気持ちになれること間違いなしです。

また、本書に関してもう一つ素晴らしいのが、
今に繋がる西南アジア地域の歴史や政治状況について
刺激的な旅行記を楽しみつつ自然と学ぶことができる点です。

特に、近年大きな国際問題となっている
軍事政権の横暴やそれに伴うスーチー氏の軟禁といった
ミャンマーについての政治的な事情は、
恥ずかしながらそれらの問題について
ほとんど知識や関心がなかったに等しい私ですら
なぜそんな状況に至ったのか
その歴史的背景に至るまで深く理解することができました。

総じて、この「西南シルクロード〜」を
私なりにオススメするとしたら、
旅行記好きな人ならマスト。
そうじゃない人でも読んで必ず損はない!
と自信を持って言い切れる、
私史上最高クラスの痛快傑作ノンフィクション小説といったところでしょうか。

堅苦しくなく読めてとにかく面白い本なので、
少しでも気になった方は
騙されたと思ってぜひ一読してみてください。

バッタを倒しにアフリカへ

バッタを倒しにアフリカへ

そのインパクト抜群(?)の表紙とタイトルが話題を呼び、
刊行直後から大きな反響を呼んだ「バッタを倒しにアフリカへ」。

その内容は、
幼き日に抱いたファーブルへの憧れそのままに
京大で博士にまでなった著者が、
研究と生活のためにアフリカのモーリタニアへ飛び、
そこで農作物を食い荒らすバッタの
フィールドワークを行った記録を
独特の軽妙な語り口で綴る笑いあり涙ありの体験記です。

著者の生い立ちから
モーリタニアで体験した苦難の数々、
お目当てのバッタとの邂逅など
興味をそそられる話が次々に飛び出してきて、
読む手がとまらなくなるほどの面白さがあります。

何より、著者の前向きな姿勢に、
読んできるこちらまで元気がもらえるのがいいですね。

ちなみに、本書は
研究生活のポジティブな面だけでなく、
日本で研究者として食べていくことの
難しさといったネガティブな面についても
かなり赤裸々に書かれているので、
大人はもちろん、将来研究者になりたいと考えている
中高生にとっては特に得るものの大きい内容ではないかと思います。

高熱隧道

高熱隧道

「高熱隧道」は綿密な調査に裏打ちされた
記録小説の名手として知られる吉村 昭の代表作の一つであり、
かの有名な富山県の黒部ダムの建設に先駆けて
人や資材を現場に搬入する目的で行われた
隧道(トンネル)の掘削工事にスポットライトを当てた作品です。

黒部ダムの建設工事を描いた小説といえば
映画にもなった「黒部の太陽(著 : 木本正二)」が特に有名ですが、
あちらがどちらかといえば現場責任者や社長といった
経営層側の描写に重点を置いているのに対し、
高熱隧道は実際に現場で働く労働者側の描写に
重点を置いている点で両者には大きな違いがあります。

その違い故に、本作では竪坑内部や作業員宿舎などの
現場の描写が特に丹念に描かれているのですが
その実態はまさしく凄惨の一語。

160度を超える岩盤によって
竪坑内部の温度は50度を超え、何も対策をしなければ
あっというまに全身に大やけどを負ってしまう異常な環境。

その上、北アルプスは温泉湧出地帯でもあるため
岩盤からは頻繁に超高温の熱湯が噴き出してくるというのだから
想像するだけでも恐ろしいことです。

そんな悪夢のような状況に対し、
工事人夫を管理する立場にある技師たちは
あの手この手で対抗策を考え出すのですが、
そんな彼らの努力をあざ笑うように
現場では高熱による発破用ダイナマイトの暴発や、
豪雪地帯特有の雪崩などのトラブルが次々に発生し、
その度に多くの人命が失われていく…

そんな極限の状況下において、
苦悩し葛藤しながらも
最後まで自らの使命を果たそうとした人々の姿を描いたのが
この高熱隧道という本なのです。

私たちの生活を支えるインフラが
こうした悲惨な歴史の上に成り立っているという歴史を学ぶ意味でも、
これほどの犠牲を出す事業を強行させた
国家というものの本質的な暴力性を窺い知るという意味でも、
極めて意義深い一冊。

エネルギー危機が叫ばれ、
電気代が天井知らずに上がり続けている今の時代にこそ、ぜひ。

凍

世界最高のクライマーの一人と呼ばれる山野井泰史と、
その妻で同じく高名な登山家である妙子の夫妻が、
ネパールとチベットにまたがる
ギャチュンカン北東壁の踏破に挑む姿を
克明に描いたノンフィクション小説。

著者は前書きで触れた「深夜特急」の沢木耕太郎です。

一口に登山といっても
その方法、難易度は様々だと思いますが
この本の中で山野井夫妻が挑むのは、
標高ほぼ8000m(7952m)の雪岩壁を、
未だ誰も通ったことのないルートを通りつつ、
さらに固定ロープも酸素ボンベも使わない
アルパインスタイルで登るという極めて過酷なもの。

そこに酸素は平地の1/3、
気温は氷点下30度という自然条件が加わって、
夫妻の挑戦は困難を極めます。

このような環境では、
外から供給する酸素が出ていく酸素を下回るため
たとえ高所順応を行っていたとしても長期滞在は不可能ですし、
一つのミスが即座に死へつながります。

そんな、凡人の感覚で言えば
メチャクチャとしか思えないこの挑戦ですが、
当の山野井は自分が山を登る動機について、
金銭でもなく名誉でもなく、あくまでも
「この山に登るべきだから登ることにした」のだと語っています。

かの有名な「そこに山があるから」もそうですが
自然に挑む人間特有のこういった
シンプルな生き方はみていてとても気持ちが良く、
私としても見習いたい部分が多々ありました。

また、この本でもう一つ素晴らしかったのが、
夫妻の間に絶対的な信頼感が感じられたことですね。

それも、ベタベタした甘ったるいものではなく、
ある種の厳しさを伴った信頼感というか、
変な例えですが、「戦友」に近い深い愛情のようなものが、
本書中の二人のやりとりからは感じられたように思います。

総じて、この「凍」は、登山という枠に収まらない、
人生そのものに対する深淵な問いを含んだ小説です。

今まで楽しかったことが
急につまらなくなってしまった時、
何をするのも面倒になってしまった時、
この「凍」を読み返すことで
自分にとっての「ギャチュンカン北東壁」が
何であったかを思い出させてもらったことは
一度や二度ではありません。

読書を通じて人間の持つ無限の可能性を感じたい方、
困難に立ち向かう勇気を得たい方、
圧倒的な感動を味わってみたい方は
ぜひこの「凍」を手に取ってみてください。

桶川ストーカー殺人事件―遺言―

1999年に埼玉県桶川市で発生した
桶川ストーカー殺人事件を題材としたノンフィクション小説。

世にノンフィクションは数あれど、
今まで私が読んだ中で最も時間を忘れて読み耽り、
全編通じて最も大きな衝撃を受けたのが
この「桶川ストーカー殺人事件」です。

この本の何がすごいかといえば、
それは第一に、著者の清水 潔氏自身が
事件の捜査に深く関与した「当事者」である点に尽きます。

─詩織は小松と警察に殺されたんです。

週刊情報誌の記者として
犠牲者である詩織さんの友人たちから
この衝撃的なメッセージを受け渡された清水氏。

それは、亡くなった犠牲者の思いをつなぐバトンとなり、
いち記者にすぎないはずの清水氏を
事件の捜査へと向かわせることになります。

清水氏の、足を使った昔ながらの調査で
人から人へとツテを辿って見えてきたものは、
詩織さんの交際相手だった小松という男の異常性、
そして事前に詩織さんからSOSを
受けていたはずの警察の怠慢でした。

特に、詩織さんが相談に向かった
埼玉県警上尾署の対応は杜撰などというレベルではなく、
自分達にとって都合の悪いことであれば
捏造、婉曲、握りつぶしなんでもありで
1999年という時代を考慮しても
日本の警察が本当にこんなことをするのかと
読んでいて心底薄寒い気持ちにさせられました。

警察は当てにならず、
実名で報道の先陣に立つ清水氏自身が
いつ小松の手下に襲われるかもわからない。

そんなギリギリの状況で、
清水氏が記者としての数少ないカードを切りながら
一手ずつ小松を追い詰めていく過程は
比喩ではなく読む手が止まらなくなるスリリングさに満ちています。

そして、最後に訪れるあまりにも意外な結末と、
それが社会にどんな変化を与えたのかを知った時、
あなたの胸にもきっと、言いようのない複雑な感情が
嵐のように渦巻くことになるでしょう。

このように、本作は高いエンターテイメント性と
社会的意義を両立した、不世出の傑作ノンフィクションです。

日本に住むすべての人に読んでもらいたい一冊ですが、
とりわけ「警察は無条件に市民の味方だと信じている人」や
「自分や家族が凶悪犯罪に巻き込まれることなどあり得ないと無意識に思い込んでいる人」ほど
この本から受ける衝撃は大きなものとなることでしょう。

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